毎日が短い

日常的な話

他人に興味がない人はなぜ優しく見えるのか

 優しい人の定義は人それぞれだけど、あえて言うなら

 1.人を傷つけない

 2.気配りができる

 この二つは外せないかなと考えてるけど、どうにも私は他人から「優しいですね」とよく言われてきたと思う。もちろんひどい人ですねと言われる時もあるから、自分が優しい人であるかどうかは自分自身では評価しづらい。でも優しいと言われる時のほとんどはその人に対して興味がないって時が多い。

 興味がないっていうのは、言葉通りその人がどういった人物なのか気にならないってこと。その人が自分のことをどう思っていようが知ったこっちゃないとも思っている。だからこそ冷静に物事を見ることができるし、きちんとした判断を下せる。それが時には残酷なことを言ってしまう時もあるかもしれないけれど、基本的に敵とみなしていない相手に対してネガティブなことはしないし言わない。だからその人が不快にならない選択肢をうまく選ぶことができたりする。

 これが興味がある人だとうまくいかない。どうしても自分の評価をあげたいなと考えてしまうし、結果考えすぎて選択を間違えることもある。また、相手がどう思っているのかなんてことを考え出すともうだめだ、うまくいかない。だから好意をもっている人からは優しいねと言われることは少ない。どうしても下心がある行動になってしまうから。

 この興味のない優しさで異性を勘違いさせてしまうこともある。興味がないからこそ、むしろ優しくできるのだが、興味のない優しさを受けてこなかった人は下心のある優しさと勘違いしてしまうらしい。そうして変に好かれてしまう時があった。それ以来、興味のない人に変に優しくしてはいけないなと思っている。

 下心のある優しさと興味がないからこそできる優しさ、この二つを使い分けている人は多い。でもその二つの優しさを見分けることは難しくて、恋愛はこういったトラブルが日常的に起こっているなあと思う。

 もしあの人は優しいなと感じる人がいれば、変に勘違いしてはいけない。自分に大した興味を持っていないからこそ相手は自分に優しくしてくれているだけだ。そこで私に気があるのかななんて思っちゃいけない。興味のない相手から好意が来たら、興味のない相手から近づかないようにする相手に代わってしまうから。